さて、そろそろ今年も終わりということで、一年を振り返っていきましょうか。
といっても、生活の記憶がすぐに消えていく性質なので、ほとんど覚えていませんが。。
■06 12/31~07 1/1 友人宅で飲み明かし、まさかの二日酔いで初詣にもいけずダウン。
今思えば、最悪の年明けでした。調子に乗って日本酒・ワインと開けて獄死・・・
しかし、今期もやりそうな予感・・・
■07 2月~3/19 パントマイム舞夢踏ライブのために生活のすべてを捧げる
今年も年が明ければ、いよいよライブの練習が始まります。
昨年よりもいい作品が出来るよう一層の努力をせねば。
■07 3/24 横浜中華街にて偶然幼い子どもたち遊び、僕は何かを見つける。
今思えば、こんな素晴らしい日は1年に一回くらいしかないものですね。
出会いの奇跡に感謝。
次回、4月から更新。
今日のお酒の席でタコサシが出ました。
薄くスライスされた刺身は、それなりに大きかった。
食べてみたらいくら噛んでも噛み切れず、仕方ないから飲み込みました。
が、でかかったため、のどにつかえました。
もう、苦しかった。
リバっちゃいそうになりましたが、気力で持ちこたえ、一端口内へ引き戻しました。
このタコ!と怒りまかせに噛みちぎりのみこみました。
たこは足に限りますね。
珍しく観てきた舞台のことを書きます。
劇団TipTap 『THE DISH OF LIFE』
いやー、ものすごく楽しめました。ミュージカルって、すごい!って思いました。
僕は昨日までアンチミュージカル派だったので、今日の舞台は、まさに「コペルニクス的なんとやら」くらいのショックでした。
ベタを追求することってすごい!
ハッピーエンドストーリー最高です。
僕も、なんらかの表現者の一人なわけで、ものすごい刺激を受けました。
昨晩から寝てないけど見に行ってよかった~
小説を連載していこうかな、なんて思いました。
僕の気が醒めるまで続くと思います。
まず今日は次回のブログ更新までに、執筆熱が冷めないことを祈って筆をおきます。
.._〆(゚▽゚*)
近ごろは過大に追われています。
失礼しました。『課題』です。
さて今なぜブログを書いているといえば、現実逃避に他なりません。
ここ数年の堕落的な生活ゆえか、集中力が落ちてきたように思えます。
体と同様、こちらも鍛えなければ衰えてゆくものなのですな。
手にした瞬間から、あの香りとあたたかさが心に染み入ります。
僕はもっぱらブラック専門で、甘党のくせに甘いコーヒーは飲めないんです。
「なんでだろう。」
最近そんなことを考えていたら、その原因である記憶がふとよみがえりました。
子どもにとってコーヒーは大人の象徴。
僕のコーヒーとの出会いはかれこれ7年ほど昔にさかのぼります。
7年前と言えば13歳。中学1年生です。
中学生と言えば大人の世界に片足を突っ込み始めるお年頃。
例えば、お金の使い方をだんだん覚えてくる年頃で、
僕も自動販売機やコンビニでのちょっとした衝動買いに、大人の階段を一つ登ったような優越感を味わったものでした。
その年頃の子どもはみんなお小遣い制で、僕ももらっていました。
僕はお金の使い方がちょっとケチで、あまり衝動買いをしない性質でした。
でも、あの“儀式”の時だけは別でした。
僕は中学生になってから塾に通い始めました。
週に3日の塾は夕方から夜にかけて講義があり、帰宅の時間は9時をまわるのでした。
しかし、夜の外出というものは魅力的で、ここでも大人になったような誇らしい気分を味わうことができるのでした。
その上、塾からの帰宅の際にたまに起こる“寄り道”という“儀式”も、中学生の大人かぶれを助長していました。
まあ、寄り道といってもコンビニや公園や路上にたむろするだけで、
今考えれば「そんなことせずに早く帰れば?」と一蹴してしまいたいくらいバカバカしいことなんです。
でも、当時は欠かすことの出来ない“神聖な儀式”なのでした。
その儀式の際、自動販売機で飲み物を買うということは暗黙のルールで、僕もそこでの出費をしぶることはしませんでした。
7年前の冬、僕はブラックコーヒーを必ず買っていました。
まわりの子がミルクティーや砂糖入りコーヒーを飲んでいる中、僕だけはいつもブラック。
たまに僕といっしょでブラックを飲む子もいましたが、そんな時はその子に負けないように「うまい」と声を張り上げたものでした。
もちろん、舌の上では全くうまいと感じていませんでしたよ。
でもブラックコーヒーを飲むことは、大人になったような感覚を引き起こし、めまいのような喜びをもたらす最高の行為なのでした。
まさに、背伸びとはこのことを言うのでしょう。
そんなだった僕も今では20歳を越え、形式上でさえ大人として扱われる年齢となりました。
この時期、寒ーい夜に缶コーヒーを飲むと、当時のことを思い出します。
あの味と香りは、子どもだった僕がちょっと無理してうなっていた、あの記憶を引き出すのです。
それはとても滑稽な、けれども涙ぐましいほどの努力をして背伸びしていた自分の姿であり、
今となってはかわいいとさえ感じるほど、いとおしい大切な記憶です。
「大人はブラックコーヒーを飲むんだ。」
いつごろからか僕の中にあった勝手な空想・思い込み。
僕は、頑張っていたあの頃の自分を裏切りたくないから、ブラックコーヒーを飲む・・・
いやいや、そんなにカッコいい話じゃないですね。
あの頃の自分にカッコつけているからこそ、ブラックコーヒーを飲んでいるのでしょう。
「俺は大人になったよ。」なんてね。
もちろん、今はブラックコーヒーを素直においしいと感じられるようになりましたよ。
けれど、なぜ “大人=ブラックコーヒー” という図式が僕の中に生まれたのでしょう。
…考えてみれば、その答えはすぐ出てきました。
それは僕の一番近くにいる大人が、よくブラックコーヒーを飲んでいたからです。
今、僕の後ろで風呂上りの格好でTVをみている、僕がもっとも尊敬している大人が。
おっと、真面目に書きすぎたかな。
ちょっと素直に書いていたら、なぜだか、目から汗が…
今、目の前に円柱形の筒がある。
ふたを開けると焼けた磯の生臭いような香ばしいようなにおいがほのかに香る。
一本取り出してみる。
細く裂かれあぶられたであろう物体は、光沢の無い形容しがたい色をしている。
かじってみた。
固い。
よくかむ。
淡白な味と少しの塩分が染み出してくる。
よくかむ。
口の中には適度な疲労がたまり、味はさらに濃くなる。
よくかむ。
歯茎の疲労は快感へと変わる。
よくかむ。そして噛みちぎり飲み込む。
口の中の物体は消え、残り香と軽い筋肉痛のような感覚だけが残る。
ああ、うまい。
僕はさらに筒に手を伸ばす。
噛む。旨い。固い。疲れる。快感。
もうなくなりそう・・・ああ、止まらない「北海道産 カミ噛みあたりめ」
―本日のできごと。 ある人との雑談にて。
A「キミはロシアに行くのか。何でまた?」
ブ「いろいろありますけど、語学を学びに。」
A「そうか、でも日本でも生のロシア語学べるところがあるぞ?」
ブ「どこですか?」
A「ロシアンパブだよ。あそこなら酒飲みながら勉強できるし、ロシア語以外にもウクライナ語とかもやれるぞ。」
ブ「その手があったか!」
―本日のできごと。 バス停にて。
帰宅途中、バスに乗るためバス停へ。
ついてみると、一人の金髪の女性がバスを待っている。
ローソンのつくね棒をかじる僕。
女性に電話がかかってきたようだ。
C「×○△~$%&#”※」
ブ「つくね棒うま! ・・・ん?」
C「##%”※×○~школе」
ブ「!(ロシア語!ってことはロシア人か!)」
C「~(以下ロシア語)」
ブ「(これはチャンスだ!挨拶だけでもしてみるか!)」
っと思っても、そんなことできるはずなくバスが到着。
結局何事もなく、バスを降り電車へ。ロシア人女性はどこかへ行ってしまった。
でも僕は思った。「ロシアが俺をよんでいる!」
ああ美し、今宵の満月。 えっ、正確には昨日が満月だったの?
最近、ふとネタが浮かぶことがありんす。
※ネタとは舞台作品のタネのことです。
近ごろ、歯が痛いです。虫歯だな。
※早く歯医者に行けよ。
先になるかもしれないが、実現できればいいな。
※きっと遠い先になります。って何が?
今日、驚愕の未来予想がたってしまった。
※僕のクリスマス、どうなる!?
今夜は月が綺麗だ。
今日はもの凄くお天気に恵まれ、最高の一日でした。
かく言う私は授業をほっぽり、戸山公園を散歩し秋の紅葉を堪能しました。
やはり、こんな本能的な休息は必要ですね。授業なんて毎週あるものですが、こんな秋晴れはそうは行かないですし。
今日はそんな勢いで、平日なのに飲みました。いや、久しぶりに平日飲み。最高!
今日は人生の先輩を引き連れ、“一休”へ。
ノミニケーションは大切だね。いろいろとためになる飲みでした。
またやりましょう。やまけん。